って、難しいねって話。仕込みの前日に、久しぶりにブログ書き始めたら、当然公演のことかと思うじゃん??これが違うんですね~~。いや、それも書きたい気持ちはあるんだけど。
職場の人が、一人、ダウンした。原因は、分からない…と言いつつ、十中八九これだろうな、みたいなものはありつつ。
まあ、それはいいんだ。よくはないけど、まあ、私にはその原因はどうしようもないので、それはそれとして。
人が、人に、物事を教えたり、アドバイスしたり、意見するってすごく難しいなぁと近頃思う。技術的なことは良い。「正しさ」「より良い」が分かりやすいから。仕事の内容に関することも、まあおおよそ上司だったり、経験が長い人だったり、「より正しそうな人」がいるものだし、それに従いたくないって時はそれくらい「自分が正しい」と確信がある時だから、これもある意味分かりやすい。
「考え方」「価値観」に関わることって、正しさがないからすごく難しい。正しさがないから「教える」という表現自体がふさわしくないのかもしれない。だから言えない。口を出せない。だってその人にはその人の人生があって、考え方があって、思考のくせがある。でもそれは私にだってある。自覚してるものしていないもの、色々だけれど絶対にあって、だから私の考え方が「より良い」なんて言えないし「より良い」ものなんてそもそもない。
ただ。
こういう結果になってしまってから、後から思うのだ。口を挟めば良かったのかなぁ、そしたら何か変えられたかなぁ。何も変わらなかったかもしれないけれど。悪化させたかもしれないけれど。
そう、自分の言葉で余計に追い詰めそうな気がして、私は関わるのをやめたのだ。正論を振りかざしても仕方なくて、相手に受け取ってもらって、行動が変わって初めてその言葉は意味を持つ。言えば良かったなんて今思っても、それは結局自己満足でしかなくて。上手に伝える手段を、相手にそれを受け取ってもらえる形に整える技量を、私は持っていなかった。相手の受け取る力を信頼できなかった、という言い方もできる。
謝ったって、反省したって、次の行動が変わらなければ意味がないのだ。私はそれを再三人に言われ、自分で実感し、それでもまだ変わったり変わらなかったりするのだけれど。結局行動が変わらないのは、逃げでもあり怠惰でもあり、自分が変わらずとも受け入れてもらえることの証明もしくは甘えでもあり。ただその行為で、相手からの信頼を使いつぶしていることもまた事実であり。たとえ相手がその場でどんな言動をとろうともそれは変わらなくて。
自分と似てるからこそ、イライラして、関わりたくなくなるのかもしれない。
だからこそ私は、ここ数年で自分が学んだそれを、伝えたら何か変えられたかもと思いたいだけなのだ。自分がいくら謝ろうと、その仕事は消えないこと。自分ができなければ誰かがやらなくてはいけないこと。その「誰か」にとっては、反省の態度よりそれを減らそうと行動する方がよほど意味があること。無理なことは無理と言う方が良いこと。後から押し付けるよりさっさと頼んだ方が相手も気持ちが良いこと。全部回りまわってみんなのためで、自分一人で抱え込む方が自己中で迷惑だということ。「どう思われるか」「相手がどう思うか」より「相手のためになるのは」と考えた方が良いこと。
…「相手のためになるのは」と考えた結果、私は言わなかったのだ。こんなのは、何も「正しさ」ではないし、価値観でしかないから。その判断が正しかったか間違っていたかは今更分からない。
ただ事実として、その仕事は今、私の前に移動して堂々と立ちふさがっているわけで。ぎゃあ。まあいくら後悔したところで、私一人では変えられなかったことでしょう。イレギュラーを免罪符にしていっぱい他人に振ってやろ。
よしおしまい!!切り替えて!!3日間、張り切って参りましょう。