くぃあなかりんの日常。

私を彩る、宝石と傷跡の詰め合わせ。綴る言葉が宝箱となりますよう。

一通のお手紙から。(クルミドコーヒーの「お手紙コーヒー」を巡る私のあれこれ)

さかのぼること、約5か月。7月、某日。家のポストに、一通のお手紙が届いた。「KURUMED POST OFFICE」からだ。3月の東京の風が、ふわりと心に灯ったような気がした。

 

3月初旬。私は、ようやく馴染んできた不思議な共同生活の場から離れることを惜しんでいた。派遣研修という名の転勤。たった半年。期間限定の職場。期間限定の、立場も年齢もバラバラな同僚たち。そのみんなとの、期間限定の寮生活。終わりが決まっていたからこそ、失敗を恐れずに深く関わることができたのかもしれない。終わりが決まっていたからこそ、短い時間を惜しみ、たくさんの思い出を作ろうと駆け抜けたのかもしれない。今更のような青春の日々。終わりがあるから駆け抜けられた。だけど、やっぱり終わりはさみしいもので。

 

生活も仕事も共にしていた仲間たちも、きっと同じことを思っていたのだろう。次第に、共有スペースで人に会うことが増えた。あまり寮内で出会わなかった人と顔を合わせる回数が増えた。意味もなくだらだらと話す時間が長くなった。せっかくの都会暮らしなのに、外に出ればお店も沢山あるのに、という考えもちらりと頭をかすめるけれど、そんなの帰ってから、自分で旅行でもすればいつでも行ける。今この人たちと過ごせる時間は、きっと今しかない。

 

そんなある日、年の離れた珈琲好きの友人……と、言うには少しばかりくすぐったいが、先輩・上司というにはとても距離の近い、3つ隣のご近所さんが、食後に珈琲を入れてくれた。豆から入れた美味しい珈琲を2人で飲みながら、ご近所さんは、やっぱり珈琲の雑誌を眺めていた。その雑誌はご近所さんが東京に来た時に買ったもので、いつも共有スペースに置かれていた。東京のおすすめ喫茶店がずらりと並んでいて、東京に慣れない私たちは、時々その雑誌を眺めて東京を感じたりしていた。その日、横から雑誌を眺めていた私の目に留まったのは、JR中央線 西国分寺駅から徒歩数分のところにある「KURUMED COFFEE(クルミドコーヒー)こどものための、大人の物語 - KURUMED COFFEE」というお店だった。理由は一つ、「お手紙コーヒー手紙を送るように、まだ見ぬ誰かにコーヒーを贈ってみませんか? | クルミドコーヒーのブログ」。

なんだかとっても面白そう。お店の雰囲気も良さそうだし、クルミも大好きだし、何より知らない誰かのために「珈琲を送る」「手紙を書く」というやり取りにちょっぴりワクワクした。行ってみたい、と直感的に思った。けれどその日以降、一人で出かけるような日はついに訪れず、仕事に遊びにと忙殺されて、しばらくの間私はすっかりその存在を忘れていたのだ。

 

気が付けばあっという間にひと月、東京を離れるその日。荷造りの遅いめんどくさがりな私は、最後の休日のお昼頃にようやくスーツケースに荷物を詰め込み、同期の中で唯一の東京都民に見送られながら寮を後にした。途中、同じ「研修派遣」を何十年前に経験した大先輩におすすめされた(そしておすすめされたにも関わらずこの日まで行かなかった)うなぎ屋さんで、おすすめされないと食べないような高級なうなぎを食べつつ一人感傷に浸っていたところ、ふと思い出したのだ。「お手紙コーヒー」の存在を。幸い場所も近く、新幹線もまだ予約していない。今行かなければ、次はいつになるか分からない。行くなら今日だ。今だ。早速、重たいキャリーをずるずるとひきずりながら西国分寺駅へ。入口をくぐると、大人一人では場違いかと思ってしまうようなかわいらしい内装。入ってすぐに秘密基地のような小さな空間があり、入って子どもが遊べそう。すぐ横にぐるっと螺旋階段があり、上が喫茶空間。そこも、広い平らな空間ではなく、段差やくぼみがあったり、カーブを描いていたり。なんというか、建物全体が「木の上のリス小屋」っぽいような、不思議な空間。でも落ち着く。まず席に着いて、メニュー選び。お手紙コーヒーを頼むことは、最初から決めていた。でも自分が飲むものはどうしよう?お手紙コーヒーを受け取ってもいいけれど…う~~ん。悩みながら、飾ってある「お手紙」コーナーへ。ほとんどが「○○な人へ」となっているけれど、残念ながら私が当てはまりそうなものは今はなさそう。結局悩んで、くるみのカフェオレをチョイス。席には殻に入ったくるみと、木製のくるみ割り器。可愛い。せっかくなので割ってみたが、これが意外と難しい。リスってすごいな。飲み物を待っている間、色んな人が書いたお手紙を読みながら考える。何を書こうかな、誰に書こうかなぁ…。悩んでいると、あっという間に白紙のお手紙とくるみのカフェオレが運ばれてきた。飲みながら、また感傷に浸る。

 

半年間、本当にあっという間だったな。またみんなと会えるかなぁ。みんな、なんて、到底無理だ。半年間で、学校生活全部分くらいの人と出会ったのだから。きっとみんな、仕事がよくできる人たち。この先出世していくような人たち。だけどそれ以上に、とてもとても人間ができていた。前向きで、自分にできる範囲を知っていて、その中でやれることを考え出せる人たち。他人の立場を想像して、それを守れる人たち。俯瞰できる人たち。人と協力できる人たち。当たり前に大切で、だけどなかなか実践できないこと。それが「仕事ができる」ってことなんだろうと思う。事務処理がさばけるとか、知識があるとか、もちろんそれも大切だけど。私は一番下っ端で、働く場所も立場も違っていて、あの人たちみたいになれる未来は全然想像もつかない。だけど、一緒に働けたこと、過ごせたこと。そこで、肌でたくさんのことを学べたことを幸せに思う。誇りに思う。日常に戻ったらきっとすぐに忘れてしまう、戻ってしまう。だけど時々会って、この気持ちを忘れないようにしたいと思う。

 

手紙の宛先は「これから旅立つ」あなたへ。半年の旅を終えた私から、あなたの旅が素敵なものになるよう、願いを込めて。タロットカード0番「愚者」、意味は「何も持たない無限の可能性」。

 

7月、某日。家のポストに、一通のお手紙が届いた。これから旅立つ「あなた」から、旅を終えた私に。心の自由を求めて広島から来たという「あなた」は、タロットの「フール(愚者)」が大好きで、出発前にこのカードのことを考えていたのだという。素敵な出会い。本当に。届いたお手紙で、自分の旅を思い出す。思い出して、夏頃には元ご近所さんたちと遊びに行った。お手紙を読み返し、ブログを書いて、また自分の旅を思い返す。そろそろまた、元ご近所さんたちに連絡してみようかな。