くぃあなかりんの日常。

私を彩る、宝石と傷跡の詰め合わせ。綴る言葉が宝箱となりますよう。

「他人にムカつく」には、素敵なことがつまっているらしい。

私は、仙人ではないので。

普通に生きていると、日々、他人に腹が立つことがあるわけで。

 

できたらそんなこととは無縁の、毎日ニコニコ☺️ハッピーライフを謳歌したいけれど、残念ながら現実はそう上手くはいかないわけで。

 

今日は、そんなイライラ・モヤモヤにも、メリットがあるかもしれないよ、という話。メリットがあれば、ムカついても「まあプラマイゼロむしろプラス!」って思える。かも、しれない。まあ、それでも無理な場合は無理なので、きっぱり諦めて存分に腹を立てよう。我々は仙人ではないので、ただの人間であることに誇りをもってイライラしよう。それはそれとして。

 

 

他人にムカつく原因って色々あるけど、今回取り上げる2つがこちら。

①「何でそんなこともできないの?」というイライラ

②「何で私だけ…」のイライラ

 

 

ありますか?私はめっちゃあります。あは。特に学生時代かな。でもね、これでも結構減ってきたんだよ。

 

 

①は、自分が当たり前にできることを、他人ができていないからこそのイライラ。これって見方を変えると、「他人ができないことを自分は当たり前にできている」ってことなんですよね。それって、めちゃくちゃすごいことだと思いませんか?

あ、そういえば似たようなことこっちでも書いてたな。↓書きなぐりだけど。

oha-k-arin.hatenablog.com

 

 

分かりやすい例を出すと、私は自分に対しても、他人に対してものすごく適当です。遅刻されても気にしない。待たされても全然平気。なんなら余裕ができてラッキー、まである。ドタキャンされても気にしない。連絡来なくてもまあいいか。

これ、きっちりしてる人からすると多分めちゃくちゃ腹立つと思うんですよ。「てめー人の時間奪ってんじゃねーぞ」ってなると思うんです。で、イライラしないための対処法としては、その人と次から会わないようにするとか、お説教するとか、まあ他にも色々あると思うんですけど。それはそれとして「時間守れる自分すごいな、才能だな」ってとこにね、気づいてあげて欲しいなって思うんです。

 

 

「そんなの当たり前、常識」って思うでしょ?でもね、しない人もいる。できない人もいる。私のような人間から見ると、きちんと約束を守れる、それ通りに行動できるってとってもすごいことです。「当たり前にできること」のハードルを、自分の中で下げてみる。そしたら自分の良いところがいっぱい見つかります。イライラさせてくる相手は、自分の良いところに気づかせてくれる存在。そう思ったら、イライラがちょっとだけ少なくなりませんか?

もちろん、それと相手に約束を守らせるかどうかという話は別ですよ。イライラしなくなったからといって、約束を破っていいってことにはならないですからね。でも世の中の問題の対処法って、たいていは相手を変えるか自分を変えるかのどちらか二つです。自分の見方を変える方が手っ取り早いなって、私は思うのですよ。

 

 

ちなみに私は、一人で行動できない人にイラッとします。今はあんまりないけど。「あなたと行きたい」は嬉しいけど「一人で行けないからついてきて」っていうのが、もう…。「は?私は興味ない勝手に行けよ」っていう。今でも、どんなに仲良しな人とでも一切興味のないところにはあんまり行きたくない。まあ興味の範囲が広いので、興味ないところってあんまりないんですけどね。そのイライラって、私は一人ででもあちこち行けるからこそイライラするのであって。それが難しい、できない、できてもハードルが高い人もいるよなって思ったら、あんまりイライラしなくなった。相手ができないんじゃなくて、私がすごいってことにしてる。

 

このあたりの「才能」「長所」という点に関しては、MBTIも関連してくるかも。本当にね、人ってびっくりするくらい違うんですよ。それを知っているだけでも、イライラは減る、かも。↓

oha-k-arin.hatenablog.com

 

まだP、Jに関する記事は書いていないけれど、他人に対して知覚機能を優先的に使うのはP。判断機能を優先的に使うのがJ。ざっくり言うと「知る」ことを優先するか、「決める」ことを優先するか、ですね。これを人との関係で当てはめると、Pは他人を受け入れようとする、Jは他人を変えようとするって感じかなぁ。だから私はきっとP。端的すぎる表現と昨今の風潮により、若干Jに対して悪意があるように見えるけど、もちろんそれぞれに良さがあって優劣はありません。さて、MBTIに関してはこの辺で切り上げて、本題に戻りましょう。

 

 

②は、自分がやりたくてできないことを他人がやっている、もしくは自分がやりたくなくてやっていることを他人がやっていないことに対するイライラ。

め~~ちゃくちゃ多いよね。なんならさっきの例に挙げた時間のやつも、人によっては②の場合もあったりするよね。「私は時間守っているのにお前は守らんのかい!」とか。

 

 

これねー、イライラのまんま放っておくの、とってももったいない。それから「だからお前もやれ」「だからお前もするな」になるのも、本当にもったいない。

 

 

「ムカつく」「腹立つ」を無理やり解消する必要はないけれど、あんまりイライラして過ごすのって、周りだけじゃなくて自分も普通に気分良くないじゃないですか。かといって、人に当たっても後から後悔したりする。そんな時にね、ちょっとだけ立ち止まって「なんでかな」って考えてみる。イライラする機能が人間に備わっているってことは、きっと人間にとって必要な機能なんです。

私、だいたいお腹がすくと気が短くなります。ちょっとしたことでイラッとします。(子どもか?)それって、「お腹すいたよ」「食べないと死んじゃうよ(は、大げさだけど)」を、身体がイライラを通して教えてくれてるわけです。

 

 

ってことはですよ?

 

 

「イライラする」には、何かしら「私はこうしたい」っていう願望がつまっている。イライラをイライラのまま終わらせるの、とってももったいないのです。

タイトルに「他人にムカつく」と書いたけれど、基本的に感情って自分の中にあるものなので、何か自分の中に願望があって、それが叶っていないがためにその願望が「他人に対するイライラ」に姿を変えていることが往々にしてあるんです。

 

 

例えば。

 

 

これ、幼稚すぎてほんっと書きたくないんだけれど……。

私、大学の喫茶店サークルで代表(部長的なやつ)をしてたんですね。

土日だけの営業なんですけど、土日なんかみんなバイトも入れたいじゃないですか。なかなかシフトに入ってくれる子がいなくて、私を含めた一部の人ばかりが入っている時期があって、めちゃくちゃイライラしてたんですよ。忙しいのもお金稼ぎたいのも分かるけど、こっちも忙しいんだからせめて月一くらい入れてよ‼って。私も日曜には毎週ミュージカルの稽古があったけれど、締め作業までやると間に合わなくて、ほぼ毎回稽古に遅れて行ってた。

 

 

でもね。

 

 

別にちょっとくらい早くお店閉めたり、臨時休業したって良かったんです。誰が困るわけでもないし。現に私が卒業してからのどこかの代は、結構臨時休業のお知らせをよく見かけた。でもその代わり新しいメニュー出したり、イベント開いたり、色々積極的な取り組みもしてたみたい。私がイライラしてたのは、ただ自分が、稽古の開始時間に遅れる状況が嫌だっただけなのです。それなのに、誰に言われたわけでもないのに「お店を閉めちゃいけない」って思いこんでいただけなのです。

当時これに気づけていたら、「しぶしぶ、嫌な気持ちで毎週末営業する」のではなく「営業はたまにでもいいから、前向きに楽しいお店づくりをする」ということができたのではないかな、と今でも少し後悔しています。でも、今気づいている私はラッキー。来年じゃなく、明日でもなく、今気づいているのだから。「今」が一番早いですからね。

 

 

イライラの理由。そこには、自分の願いが、欲望が隠れています。気づくことができたら、それを自分で叶えてあげられたら。今よりちょっとだけ、豊かな毎日が過ごせる。

かも、しれません。

 

 

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